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東京高等裁判所 昭和54年(行コ)35号 判決 1984年7月19日

控訴人

藤木イキ

右控訴人死亡に伴う承継申出人

藤木昇

右両名訴訟代理人

風早八十二

池田真規

冨永長建

渡邊良夫

四位直毅

南元昭雄

新井章

高野範城

門井節夫

大森典子

被控訴人

武蔵村山市福祉事務所長

宮崎昭司

右指定代理人

福島庄三

被控訴人

厚生大臣

渡部恒三

右指定代理人

加々見隆

武井伸次

右被控訴人両名指定代理人

都築弘

橘田博

主文

本件訴訟は、昭和五七年一〇月三日、控訴人の死亡により終了した。

中間の争いに関して生じた訴訟費用は、控訴人の相続人藤木昇の負担とする。

事実

一控訴人訴訟代理人は「原判決を取り消す。被控訴人武蔵村山市福祉事務所長(以下「被控訴人福祉事務所長」という。)が昭和四八年二月二七日付けでした控訴人の生活保護法による保護の申請を却下する旨の処分を取り消す。被控訴人厚生大臣が同年一〇月六日付けでした控訴人の再審請求を棄却する旨の裁決を取り消す。訴訟費用は一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら訴訟代理人は各控訴棄却の判決を求めたが、その後、控訴人承継申出人(以下「承継申出人」という。)訴訟代理人は、「訴訟手続受継の申立書」と題する書面に基づき、控訴人が昭和五七年一〇月三日死亡したのに伴い、控訴人の二男である承継申出人が本件訴訟を承継した旨の申出をし、被控訴人ら訴訟代理人は、当裁判所においては、控訴人の死亡により本件訴訟は終了した旨を宣言する裁判をすべきであるとの申出をした。

二控訴人の各本訴請求についての当事者双方の主張の要旨は、原判決事実摘示中「第二当事者の主張」欄記載のとおりであるからこれを引用する。

三承継申出人訴訟代理人は、前記のとおり控訴人が死亡したことによる本件訴訟の承継について、次のとおり陳述した。

1  訴訟の承継について

訴訟の承継とは、訴訟係属中に訴訟物である権利関係について訴訟をする適格が従来の当事者から第三者に移転したことに基づいて、その第三者が従来の当事者の訴訟上の地位を承継する訴訟上の現象である。訴訟係属中に当事者の訴訟物である権利関係について訴訟をする適格が第三者に移転すると、紛争の主体が変ることとなり、従来の当事者間で判決しても、紛争の実質的解決が得られないこととなり、その第三者と相手方の間で更に訴訟による解決が必要となる。しかし、そのために更に訴訟をし直すことは不経済であり、相手方に対しても不公平である。元来、訴提起に対しては被告は応訴しなければならず、また、原告も任意に訴を取り下げられないという形で当事者の訴訟状態の既得的地位の保障がある。口頭弁論終結後の承継人に判決の効力が及ぶという形での既得的地位の保障もある。ゆえに、その中間における当事者適格の移転の場合も、生成過程中の既判力ともいうべき訴訟状態の有利、不利な地位の承継が認められるべきである。そのため訴訟中の適格の移転を訴訟に反映させて当事者の交替による訴訟状態上の地位の承継を認める必要が生ずる。これがこの制度の存在理由である。

このように、この制度は訴訟係属中における紛争主体の変動を訴訟当事者の変動に適応させ当該訴訟を維持することにより当該紛争を実質的に解決しようとすることにある。したがつて、承継原因としての紛争主体の変動とは、単に実体法上の権利関係ないし法律関係の変動ではなく、当事者適格の第三者への移転である。なぜなら、従前の当事者間では紛争の実質的な解決は得られず、第三者を当事者として参加させることによつて初めてこれが得られるということは、訴訟物たる権利関係につき何人が当事者となれば紛争解決に有益かつ必要かの問題、すなわち、当事者適格の問題に帰着するからである。したがつて、訴訟承継の原因が発生したか否かの基準は当事者適格の移転の有無によることとなる。

2  いわゆる朝日訴訟に係る最高裁判所昭和四二年五月二四日大法廷判決について

(一)  多数意見は、生活保護法の規定に基づき要保護者又は被保護者が国から生活保護を受けるのは、法的権利であつて、保護受給権とも称すべきものと解すべきであるとしたうえで、「この権利は、被保護者自身の最低限度の生活を維持するために当該個人に与えられた一身専属の権利であつて、他にこれを譲渡し得ないし(五九条参照)、相続の対象ともなり得ないというべきである。」と判示し、これを論拠として、生存中の扶助料で既に遅滞にあるものの給付を求める権利も、不当利得返還請求権も相続の対象となり得ず、したがつて、訴訟承継の余地はないとする。

しかしながら、判決文のみでは、多数意見が訴訟承継をどのように解しているのか、訴訟物たる権利義務の移転とみているのか、それとも当事者適格の移転とみているのか不明確であるが、一身専属的権利のために当事者死亡により訴訟の承継の必要がないのは、当事者の死亡により客観的に紛争の利益が消滅し、紛争そのものが最終的に消滅する場合であろう。朝日訴訟はこの場合に当たらない。のみならず、朝日訴訟において保護受給権は訴訟物ではない。訴訟物ではないにもかかわらず、その一身専属性をもつて訴訟承継を否定するのは論理に飛躍があり正当ではない。保護受給権の一身専属性は、訴訟承継を否定する根拠となるものではない。

また、補足意見は、「本件訴訟の訴訟物を裁決取消請求権」とし、更に、「裁決の取消を求める権利自体、保護決定を受けた者のみに専属する権利であつて、相続人による相続が許されないものである。」として、不当利得返還請求権を論拠としても朝日訴訟の承継は認められないとするが、訴訟承継を訴訟物たる権利義務の移転とみる点において、補足意見もまた誤りであるといわねばならない。

朝日訴訟においても訴訟承継の是非を論ずる場合は、当事者適格の移転を認めることができるか否かという観点からみる必要があるのである。

(二)  前述のとおり、訴訟承継は当事者適格の移転であり、紛争を実質的に解決するため、当事者適格の移転があつた場合に訴訟承継が認められるのである。したがつて、朝日訴訟においても、紛争の実質的解決を図る争いの主体となる利益の移転があれば、訴訟の承継が認められることとなる。ところで、朝日訴訟の実質は、財産上の紛争である。すなわち、国は、朝日茂の実兄から右茂に対し月額一五〇〇円が送金されてきたことにより、従来、朝日茂が受けていた月額六〇〇円の生活扶助を打ち切り、右一五〇〇円のうち九〇〇円を医療費にあてることとしたのであるが、右訴訟において争点となつたのは、右九〇〇円を医療費にあてることが妥当かどうかということである。したがつて、月額六〇〇円の扶助費が低額で違法であると認定されれば、国は朝日茂に右生活扶助基準金額と適正な生活扶助基準金額との差額分を不当利得として返還しなければならない。裁決取消訴訟の形式を採つてはいるが、その実質は、右の意味で朝日茂の国に対する不当利得返還請求訴訟である。もちろん、朝日茂のこの不当利得返還請求権の行使は、裁決の取消を前提とするが、この権利は、純然たる財産上の請求権であり、朝日茂の死亡後は、その相続人が行使し得る性質のものであるから、朝日茂の死亡により、その相続人に当事者適格が移転したものとみることができる。

行政事件訴訟法九条は、処分又は裁決の取消の訴の原告適格を定めるに当たつて、「処分又は裁決の効果が期間の経過その他の理由によりなくなつた後においてもなお処分又は裁決の取消によつて回復すべき法律上の利益を有する者を含む。」と規定したが、右裁決の取消を前提とする不当利得返還請求権は、同条の「回復すべき法律上の利益」にあたるということができる。同条は、行政事件における門戸を広くして、国民の権利救済を広く図る趣旨であることは明白であり、この趣旨からしても、朝日訴訟において、承継は認められるべきであつた。

(三)  更に進んで、朝日訴訟の実質が生存中の滞つた日用品費で既に遅滞にある分の給付(適正な日用品費と六〇〇円の差額)請求であると考えた場合はどうなるのであろうか。生存中の滞つた生活扶助費が一身専属であり、また、他に流用し得ないものであるならば、要保護者の死亡によつて一切は要保護者と共に昇天してこの世には何らの痕跡も残さないことになる。果たしてそうであろうか。朝日茂が最高裁判決当時生存しており、朝日茂の主張がとおり、厚生大臣は日用品費の基準を適正なものに改め、適正日用品費と六〇〇円の差額を朝日茂に給付したとする。ところが、この場合の日用品費は昭和三一年の日用品費の補充なのである。昭和四十何年かに受けた日用品費の差額でどうして昭和三一年の日用品の不足を補うことができようか。これが在宅の患者なら生活扶助費の中に当然食費分が含まれる。昭和四十何年になつてどうして昭和三一年の食事の不足分を補うことができようか。生存中の滞つた生活扶助費の流用が許されないとすれば、訴訟当事者が生存していたとしても流用は許されないのである。同じ扶助費の中での流用は認めるというのであろうか。もしそうだとすると、差額の給付を受けた時点で要保護者は、その時の生活扶助を受け、更に、(場合によつてはそれよりはるかに高額な別途の)過去の生活扶助費を受ける。これを避けようとすれば、彼の裁判の結果得られた過去の滞つた扶助費の給付に対し福祉事務所は収入認定をし、これを費消し終わるまで生活保護を打ち切らなければならないことになる。すると彼は、せつかく裁判で勝ち、過去の正当な扶助費を給付されながら、得るものは何一つなかつたことになる。これでも、国民は生活保護を受ける権利があると言えるのだろうか。このような不合理なことになる根本は、滞つた扶助費について流用を認めないというからである。

たとえば、違法な低基準の保護費しか得られなかつたときには他から借金してしのぎ、後にその差額の給付を得て借金を返すという考え方もできるのである。流用を認めることによつてバランスがとれるのである。要保護者が昭和三一年当時の不足分の給付を一〇年後に受けた場合でも、相続人がこれを受けた場合でも、違法な生活保護申請却下処分を争つて長期化し、行政処分の違法が裁判で確定し新たな処分によつて扶助費の給付を得られた場合には流用を認め、かつ、右のような状況下の保護請求権については一身専属と解さないことが生活保護請求権の権利性を保護するゆえんである。

したがつて、朝日訴訟の場合、将来に向かつての保護受給基本権とも称すべきものについては一身専属の権利であつて相続の対象とはなり得ないものであることは当然であるが、生活保護申請却下処分の取消を求める不服申立手続や訴訟のために滞つた保護の給付分については、生存中でも流用を認め、死亡の場合にあつても相続の対象とし、当事者適格の移転があつたものとして訴訟承継を認めるのが正当である。保護受給権の権利性を貫徹するためには他に方法がないであろう。

3  本件訴訟における承継

(一)  生活保護申請却下処分等取消訴訟と承継

本件訴訟の訴訟物は、被控訴人福祉事務所長の生活保護申請却下処分及び被控訴人厚生大臣の裁決に対する各取消請求権であるが、本件紛争の実質は、第一次訴訟の裁判費用等の給付請求権の存否である。既に述べたように、少なくとも違法な処分によつて生活保護費が給付されずに滞つており、その分が不服申立及び取消訴訟の結果給付される場合には、要保護者が生存中であつてもこれを他に流用し得るし、裁判の途中で死亡した場合においても右の権利は相続されると解すべきであり、承継申出人は控訴人適格を有するものである。

(二)  「裁判扶助」申請却下処分取消訴訟と承継

いわんや、本件では、控訴人の主張が容れられるならば、給付される「裁判扶助」ともいうべき扶助はそもそも第一次訴訟の代理人らに対し裁判費用として支払うものと生活保護自体が予定しているということになる。したがつて、流用の問題は全く生じないのである。そして、控訴人の代理人らに対する支払義務は既に発生しており、控訴人が死亡したからといつて右支払義務が免除される理由もない。滞つた「裁判扶助」請求権を一身専属と解する根拠は全くないのである。この関係は、現に住んでいる借家の住宅扶助の申請却下処分取消訴訟中に要保護者が死亡した場合に似ている。原告の生存中であれ、死亡後であれ、却下処分が違法であつて原告の請求が認められるものであれば、死亡までの家賃(住宅扶助)は給付され、家主に支払われることについて何の異存があろうや。すなわち、朝日訴訟最高裁判決の多数意見に従つたとしても、本件控訴人の生存中の扶助で、既に遅滞にある「法律扶助」は、控訴人の主張が認められれば「法の予定する目的以外に流用することを許さないもの」ではないから、被保護者の死亡によつて当然消滅せず、相続の対象となり得ると解するのが相当といわざるを得ない。したがつて、承継申出人は本件訴訟について控訴人適格を取得したものとして承継を認められるべきである。

(三)  不当利得返還・損害賠償請求と承継

仮に、憲法及び生活保護法の解釈として控訴人主張のような「裁判扶助」が認められるとして、控訴人が死亡したため、右扶助請求権が単に一身専属の権利で相続の対象にならないとするのであれば、国は明らかに被控訴人らの違憲違法な却下処分や違憲違法な裁決によつて「裁判扶助」の費用の支払を免れたことになり、控訴人は少なくとも右費用と同額の利益を失つたことになる。このことによつて、控訴人の犠牲において法律上の原因なく国が不当に利益を得たと解するか、あるいは被控訴人らの違憲違法な前記処分等によつて控訴人が少なくとも前記費用と同額の損害を被つたと解するかはともかくとして、控訴人若しくはその相続人が国に対して不当利得返還請求権、損害賠償請求権、その他の何らかの請求権を有することは明らかである。そのためには、本件処分や裁決の違法性について、承継申出人を本件訴訟の当事者に加えて、訴訟を追行させることが、訴訟の承継制度に最もそうゆえんである。

4  年金と承継について

未支給の年金については、今日では立法的整備がされるに至つている。たとえば、国民年金法一九条、厚生年金保険法三七条、恩給法一〇条、国家公務員共済組合法四五条、船員保険法二七条の二などでは、未支給の分についての受給承継が認められている。このような状況下で争われた宮公訴訟の東京高裁判決(昭五六・四・二二)は国民年金法一九条を根拠として相続人の承継を認めている(判例時報九九九号)。

ところで、右のようなことは特別の立法措置がなくても従来認められてきたところであり、古くは戦前の恤救規則の救助米代金の給付について認められてきたことは広く知られているところである。生活保護法は、右の恤救規則とはその法的性格は異にしているが、流れにおいては同一であり、本件の場合も、前に詳述したように承継が認められてしかるべきであると思料する。そうでなければ、係争の相手方らは、裁判を故意か否かは別として「引き延ばして」長期化させることに成功するならば、原告の死亡によつて訴訟を「終了」させることができることになりかねないことになる。ちなみに、朝日、堀木、宮岡田の各裁判は、提訴から訴訟終了まで一〇年以上かかつている。裁判の長期化、すなわち、当事者の死亡による訴訟の終了であつてはならないことは多言を要しないところである。

四証拠関係<省略>

理由

職権をもつて判断するに、控訴人は、先に引用した「当事者の主張」中の請求原因記載のとおり、第一次訴訟(控訴人の請求が認容された東京地方裁判所昭和四四年(行ウ)第一六六号生活保護申請却下処分取消請求事件等)を提起し、これを追行するために負担することとなつた弁護士費用を支払う資力がないことを理由として、被控訴人福祉事務所長に対し生活保護法による保護の申請をしたがこれを却下され、右却下処分について被控訴人厚生大臣に対してした再審査請求も、これを棄却する旨の裁決がされたとして、被控訴人福祉事務所長に対する関係において右保護申請却下処分の、被控訴人厚生大臣に対する関係において右再審査請求棄却裁決の各取消を求める旨の本件訴を提起したものであるところ、本件訴訟が当審に係属中の昭和五七年一〇月三日死亡するに至つたことが、記録上明らかである。

ところで、生活保護法の規定に基づき要保護者が国から生活保護を受ける権利は、要保護者自身の最低限度の生活を維持するために当該個人に与えられる一身専属の権利であり、したがつて、相続の対象となり得ないというべきである(最高裁昭和四二年五月二四日大法廷判決・民集二一巻五号一〇四三ページ参照)。

承継申出人は、訴訟の承継を認め得るか否かは、当該訴訟において審判の対象とされている権利関係についての当事者適格の移転の有無という観点から決すべきである旨主張するが、本件における問題は、当事者の死亡に伴う当然承継の可否であり、当然承継においては、訴訟物たる権利又は法律関係の内容自体が判断基準となり、それが当事者の一身に専属する性質を有するときは、法令に特別の規定がない以上、承継を肯定する余地はないと解するのが相当である。本件における控訴人の各請求の内容が、保護受給権に係る行政処分及び裁決の取消を求めるものであることは前叙のとおりであり、主張に係る第一次訴訟の裁判費用等の給付請求権や不当利得返還請求権等は、本件訴訟の目的とされていないことは明らかであり、それらはいずれも、控訴人の主張する生活保護法上の保護受給権とは別異のものである。したがつて、そのような権利の存在を前提に置き、これらの権利の性質から、控訴人の死亡に伴う本件訴訟の承継の可否を決することは許されないものといわなければならない。また、承継申出人の指摘・引用に係る特別法上の諸規定、裁判例等を参酌し、その余の諸点についての主張を考慮に容れて検討しても、いまだ、本件についての叙上の説示、判断と別異に解すべき理由を見いだすことはできない。<証拠>(西ドイツ行政裁判所判例)は、わが国の現行の生活保護法等本件関係法規とは明白に異なる法制の下における事案に係るものであり、これも、叙上の説示、判断を左右する資料とするに足りない。

そうとすれば、本件訴訟は、控訴人の死亡と同時に終了し、承継申出人等の相続人においてこれを承継し得る余地はないものといわなければならない。

よつて、終局判決により、本件訴訟は控訴人の死亡により終了した旨を宣言することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(後藤静思 奥平守男 尾方滋)

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